物理に 戻る                               可動斜面台上の物体の運動

 

抄録  高校物理の力学分野において慣性力を扱う場合によく例題や演習に出される問題がある。過去何回か入試問題として取り上げられている問題である。ここではこれまでの解答とは異なる視点でこの問題をとりあげ、抗力を取り扱う留意点と幾何的に問題を把握することが物理のより深い理解を導くことを示したい。

 

 

 


1.問題の内容

この問題は過去の大学入試問題として、また著名な出版社から出されている問題集にもよくとりあげられている。束縛条件を持つ運動方程式、慣性力、慣性系、さらには運動量保存とエネルギー保存にもからむ力学の基本問題である。様々な応用例があるがおよそ次のような内容になる。

【問題】次の図のように摩擦のない面上に質量M,水平と成す角度θのなめらかな斜面を持つ台を置く。この斜面の高さhの位置に質量mの物体を静かにおいた。この時、物体が斜面を下りきる時間を求めよ。

[図1]摩擦のない可動斜面上の物体の運動

2.これまでの一般的な解答(台系)

はじめにこれまでの過去の解答の中でもっとも一般的なものを示そう。台の上で物体を観測した場合(以後台系とする)の加速度をαとする。また、静止系から見た台の加速度を図の右側にβとする

[図2]台上の系から見た場合の斜面方向の加速度α

台上から物体を見て運動方程式を立てる。この場合は観測者が静止系に対して加速度運動をしているため慣性力mβが図左向きに働くことを考慮し、

              

次に台について静止系で式を立てると

                       

さらに物体の斜面垂直方向については

               

これらから次のように加速度と抗力が求まる。

                  

物体が斜面を下る時間を求めるには斜面の長さSが次のようになるから

                           

物体の初速が0であるから等加速度運動の公式から

          

となる。

3.系全体としてとらえた解(静止系)

この解答は慣性力を用いて、運動方程式を解くことで得られた。簡単に解が得られるとしてどの図書にもこの解法が模範的に示されている。しかし、本当にそうだろうか。この解では抗力はあたりまえのように垂直抗力とされている、また静止系と台系で同じ垂直抗力として扱っていいものかなどの疑問もある。この問題は後の考察で触れる。直感的に見て、静止系では台が固定してある場合に比べ、台に速さを与える分だけ物体の落下速度は鈍るはずである。これは静止系から見た時には重力と反対方向に力が働いていることになる。つまり抗力は物体の運動方向に垂直にはならない。これまでの解答は慣性力を学習させるためでもあるがほとんど静止系との比較には触れていない。しかし、運動方程式が元は個々の力積の関係の微分表現であり、総合的な視点では運動量保存則とエネルギー保存則が成立している。この視点では物体を総合的にとらえた系に立つ必要がある。

そこで次に静止系で解いてみよう。以下に示すような幾何関係を前提にすると問題の見通しは大変よくなる。まず、実際に物体が下る時の経路と水平との成す角をθ’としてこの運動がx方向には外力が働かないので物体が降りた時の物体の静止系での速さをv’、この時の台の速さをVとすると次の図3から

[図3]静止系では物体の軌跡は水平面と角度θ’ をなす

水平方向には次の運動量保存則が成り立つ。

                     

新しくθ’が変数として入ったのでここでθとθ’との関係を明らかにしておく。これは運動量保存則と関係した重心の考えから求めることができる。

[図4]この運動では水平方向に重心は動かない

図4のように物体が降りた時、台は水平方向にxだけ移動したとする。簡単のため台の重心は台の右端にあるとすれば、はじめの重心は図の原点Oを通る垂線上にある。物体が降りた時には図4の下にあるように質点が移動したと考えればよいから、重心周りのモーメントが0になることから次の関係が成り立つ

                      

さらに図4から次の関係が成り立つことがわかる。

    

これから次の重要な関係式が得られる。これらは高さhに無関係である。

 

これで実際に実現されるθ’が質量とθとの関数として導けたことになる。θ’は運動量保存と拘束条件から実現される角度である。また式(3.1)の微分で次の関係も成り立つ

                    

また、次のエネルギー保存則が成り立つ。

                

これらの関係式を幾何的に表現できれば図2よりもはるかに有効な得られることが期待できる。台が可動の場合は加速が鈍る。つまり角度θ’の固定斜面では斜面方向にg sinθの加速度を持つがこの問題のように台が可動の場合は台にβの加速度を与えるために次の図のような成分が働くと考える。

[図5]台にエネルギーを与える分斜面方向の加速は小さくなる

この図は次のような関係式が質量に関係なく成り立つことを表している。

                

βの大きさは式(3.5)からα’の水平成分に質量の比をかけたもので決まってしまう。この幾何関係が可動台の場合に一般的に成立すればかなり簡単に問題を解き、有効な情報を得られる。式(3.7)の詳細は後に考察で述べることにする。式(3.7)、図5を仮定すれば抗力は静止系では物体の軌跡に対し垂直にならないで次の図ような傾きを持つことになる。

[図6]抗力は上方に引き上げられ垂直にならない

抗力は静止系から見てN’とおこう。これは図7のように重力に逆らって仕事をする成分を持つ。これが物体の落下速度を緩慢にし、台に速さを与えるのである。

ここで新たに記号を物体の変位をS’、抗力をN’、加速度をα’台の水平方向の加速度をβとして解を求めてみよう。物体と台について運動方程式式は次のよう式(3.5)(3.7)から簡単に求まる。

     

θ’で表現された式になるが、これに式(3.4)の関係式を代入し、θ’を消去すると次の解を得る。

     

では物体が斜面を下る時間を求めよう。図4から実際に物体が移動する距離S’は次のようになる。

                         

(3.5)を用いてθ’を書き換えて時間を求めると

     

となり式(2.1)に一致する。

実際にどれくらい抗力は傾くか、図6にしたがって台と物体の質量の比が10対1の場合について抗力の物体の軌跡に対する水平成分mβcosθ’と鉛直成分mg cosθ’をグラフにしてみると次のようになる。

[図7]M=10,m=1,h=1,g=9.8での静止系で見た抗力の成分

θ’を変化させ抗力の向きと物体の軌跡を図示すると次のようになる。

[図8]矢印のついているベクトルが静止系での抗力の大きさと向きを表す、同じ色(濃さ)の線は物体の軌跡を表す。M=5,m=1,h=1,g=9.8の場合

では台系との関係はどうすればよいかそれも次の図のように台系と静止系の加速度を結びつける幾何関係が成立していることから簡単に導ける。

[図9]台系と静止系の運動を加速度ベクトルで表した。

これから水平方向について次のような関係式が成り立つ。

           

鉛直方向にはどちらの系も物体は同じ加速度で運動するから静止系でも台系でも鉛直方向の運動方程式は次のようになる。

                     

これらと式(3.4)の関係を用いれば式(2.4)にあるような台系での各式を得ることができる。

 

4.考察

 ここでは式(3.7)が一般的に成り立つことと台系と静止系での抗力の関係を幾何的にを示したい。

図6において物体の始めの位置を原点に取り次の図のようにx軸、y軸を設定し、さらに実際の物体の運動方向がy’軸になるようにπ/2-θ回転した座標系を設定する。

[図10]物体の運動方向にy’軸をとる。

さらに物体の位置を(x,y)とし台は(X,0)で表す。

はじめの座標系を用いてLagrangian

        

さらに式(3.5)から

                          

が成り立つから

        

回転後の座標系との間には次の関係が成り立つ

            

(4.4)を式(4.3)を代入して改めて座標表示を書きなおすと

従って回転座標系でのy’方向のEuler-Lagrangeの方程式

は次のようになる

    

(4.2)を回転後の座標系で新たに書きなおすと

              

これを式(4.6)に代入し、さらに両辺をmで割ると、実現される方程式は次のようになる。

                 

これは式(3.7)を表している。

 次に図6の抗力が台系では垂直抗力となっていることを幾何的に示そう。次の図11のようにOAをgとし、静止系での物体の運動方向をOFの方向にとる。OCはg sinθ’にとる。

[図11]BCを1、CFをkBDをaとおく

図のC点から水平方向に加速度βを表す線分CDを作り、OCへの垂線の足をBとする。CDの長さは式(3.5)から決まるが適当に選んでもよい。図5から線分OBが加速度α’を表す。点BからCDに平行に線を引きOAとの交点をHとすると線分BHがα’の水平成分を表す。この長さは式(3.5)から台の方が重ければ加速度β、すなわち線分CDまたはBEより長い。さらに線分BEに平行にO点から線分OGを作ると四角形OBEGは平行四辺形である。

 図6から線分ACがg cosθ’で線分CBがβcosθ’であるから抗力Nは物体の質量を1とすれば線分ACに相当する。また図9から台系での加速度αは線分GBとなるから角GBAがπ/2であれば台系では抗力は常に面と垂直になっていると考えてよい。以下CDを適当に選んでも角GBAがπ/2となることを示そう。

 まず図11のように線分BCを1とし、線分CFをkとする。さらに線分BDをaとおく。すると三角形BCDと三角形CFAの相似比がkとなるからCAはkaになる。また三角形CFAは三角形CAOとも相似であるから線分OCはka2

である。従って線分GEもka2になる。すると直角三角形

BDGとBCAについてBD対DGとBC対CAは1対kaで等しくなる。従ってこの2つの三角形は相似になり、角BACと角BGD、すなわち角OBGと角DBAは等しい。従って求める角GBAは直角である角OBDを角度OBGだけ回転した角度であり直角となる。

.今後の課題

高校教育の現場にあって特に最近の教科書の内容や基礎力学の指導には課題が多い。生徒たちは平易な事柄や演習問題のわかりやすさを求めるあまり本質的な内容を得るための道具の使い方を習得しきれていない。それは結局、生徒たちに理数の持つ本質への見通しを悪くしている。この状況は日々悪化している。この問題では幾何と代数の関係が物理の問題を解くことでいきいきと見えてくる。最近はとくに代数と幾何の関係を習得させる必要を強く感じる。先端分野では環や体の応用がますます物理の本質的な理解に重要になってきている。高校物理にわかりやすさを教えるのは生徒たちに「楽」をあたえることだけではない。数学と物理の関係をどうおさえていくべきか、代数と幾何の関連が鍵になるだろう。今後の課題としたい。